心の声を中心に。
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誰も悪くないのだけれど、
私にとっては少し切ないことがあって、
ある人に、
理由も言わずに、心の声を聞いて欲しくなった。
興味がないのかもしれない。
例えそれが私の錯覚だとしても、
私の声に、
理由を聞いてこないその人の対応が、
心に笑みがこぼれるように 有り難かった。
照り返しで、蒸し風呂のようになった都会の夕方、
作曲家・チャイコフスキーを題材にした音楽劇を観てきた。
あれほどに著名な音楽家でも
たった1人の“人間”として、
悩み、傷つき、苦しみ、
人生の道に、行き留まっていた日々もあったのだ。
チャイコフスキーの音楽は、壮大であり
少し、大袈裟な感動をもたらすところが好きだ。
私の声も、
大袈裟に、心から吹き飛ばしてしまいたいな…。
…なんて、切なそうな私を見せておきつつ…
良い舞台のあとは、
やっぱり乾杯、しなくちゃね。
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暑かったので、くつろぎたくてタクシーに乗ったら、
運転手さんに、政治の話しをされた…。
「はい… はい… えぇ。 …はい。 …あぁなるほどねぇ…。」
っとは言ってみたが、
無論、適当。
大体、今さら元・M山総理の悪口を言われても困る…。
電車が駅で急停車した。
ヘタクソな運転士だ。
一つ手前の駅で、
7~8歳の、私の姪と同じくらいの年頃の女の子が、
お母さんと一緒に乗ってきた。
甘えたいのか、お母さんの身体に抱きついて、
電車の揺れの中で二人は黙って立っていた。
その時。
駅で電車が急停車した弾みで、
バランスを崩したお母さんが女の子と一緒に
床に転倒してしまった。
女の子はお母さんの下になり
痛かったのだろう、暫く立ち上がることが出来なかった。
少しして立ち上がった女の子の、
喉の奥に張りついたような、声の出ない泣き顔に
わたしは得体の知れない悲しみを覚えた。
その駅で電車を降り、
ホームを少し歩いても
エスカレーターをのぼっても、
改札を抜けても
悲しみと怒りで、イヤな気持ちが抜けなかった。
怒りに、ハッキリとした矛先があったわけではない。
運転士に向けたものでもなかった。
それでも無性に腹が立って仕方がなかった。
可哀相でならなかった。
女の子の泣き顔と、
お母さんの「ぁあ、ごめんね、ごめんね」という声が
ずっとリアルに脳裏にこびりついて離れなかったが
それが『感情移入』であったことに気付いたのは、
つい先ほどのことだ。
人はそれが他人であっても
その人を想う誰かの愛情を拾ってしまうのかもしれない。
ふいに姪の姿と重なった。
女の子に、ケガがないといい…。
夜8時過ぎ、ワンコと散歩に出ると
少し離れた北の空に、
ぽ~ん ぽ~ん と 花火があがっていた。
近所でも夏祭りがあったらしい。
足早に向かう子どもたち。
その元気な はしゃぎ声をBGMに、
愛犬との足取りも 軽やかになる私であった。
輝く星に 心の夢を
祈ればいつか叶うでしょう
キラキラ星は 不思議な力
あなたの夢を満たすでしょう
人は誰も一人 寂しい夜を過ごしてる
星に祈れば 淋しい日々を
光り照らしてくれるでしょう
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今日はちょっぴり仕事で嫌なことがありました。
だけど、歌の力ってすごいね。
そんなこともぜ~んぶ、吹き飛んでしまったよ。
ソプラノ・鵜木さん、 ありがとう。
